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津島神社の祭典・行事

津島神社拝殿

津島神社楼門

“西の八坂神社、東の津島神社”と並び称される津島神社は、古くは午頭(ごず)天王社とも呼ばれ、「尾張国津島社」として全国に知られる、疫病災難除け、授福の神である“午頭天王信仰”の総本社です。 そして全国各地に津島神社の末社が点在し、その数は三千社以上とされています。
 尾張近郊の人々はもちろん、遠く東北や関東の人々にも“津島さん”“津島の天王さま”などと呼ばれながら、あつい信仰を受け崇敬されています。

 津島神社の御祭神は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)で、御相殿には、須佐之男命の御子である大穴牟遅命(おおなむちのみこと・大国主命)が奉祀されており、欽明天皇元年(540年)の御鎮座と伝えられています。

 1460余年もの長い歴史を誇る「津島神社」は、郷土が誇る三英傑、織田・豊臣・徳川からは格別の崇敬を受け、国の重要文化財の「御本殿」は徳川家康の四男で清洲城主・松平忠吉の寄進であり、「朱塗りの楼門」は豊臣秀吉の寄進と伝えられ、今から約400年前の桃山式の豪壮で優雅な建築美を今に伝えています。
 さらにまた、県の重要文化財に指定されている「南門」は豊臣秀頼が寄進したものです。

 かつて江戸時代には、お伊勢まいりのおりに津島神社を参拝するのが慣わしであったように、今でも“午頭天王さん”の絶大な御神徳を求めて、沢山の人々が全国から津島神社にやってきます。 
 正月には、毎年ざっと数えて30万人ほどの初詣客で賑わいます。 もちろん、午頭信仰の総本社として 由緒ある津島神社の境内には、本社の他に、摂・末社が34社を数え、境内には1年中多彩な神事で賑わい、土、日や祝祭日に 観光バスのとまらない日はなく、今でも、年間およそ100万人もの善男善女たちが“津島詣で”に訪れています。


 名古屋市博物館企画展として「尾張の天王信仰」展示会が平成11年1月23日から2月21日にかけて催され、尾張地方の天王まつりの紹介がなされました。天王まつりの企画展としては名古屋でも初めてで、津島神社よりの出品は、本殿棟札3枚、鉄灯籠1基、津島祭絵巻1巻、津島祭り団扉絵版木櫃、織田信秀書状1幅、豊臣秀吉朱印状1幅、徳川義直黒印状1幅、津島午頭天王祭文1枚、大吉御旦那帳2冊、古神輿1点、以上9品が展示されました。
 各地の天王まつりは、総本社津島神社と同じ、初夏から夏にかけて繰り広げられ、名古屋市筒井町の天王まつり、出来町の天王まつりは、からくり人形が載る山車が出ることで知られています。
 もともと天王まつりは、疫病を鎮めるとされ夏に疫病がはやる町村を中心に広がった信仰であります。
 東日本の天王信仰の中心は津島神社で、農村、漁村にも広く信仰されております。津島神社の天王まつりのように、多くの観客を集めるお祭りと違い、数10戸の家で、天王様を迎え、天王祭ー天王送りの行事がさまざまな形で伝承せられております。
 農村では水神信仰の側面もあり、稲の害虫除けの祈願や、収穫儀礼の性格をあらわし、漁村では、来訪神、大漁祈願の性格をあわせ持つ信仰など今も広く残っております。

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